「ん?さっきの商人さんじゃないか。商売は上手く言ったかい?」
泊まるだけの稼ぎがあったかと聞きたいのだろう。
生憎商売ができても金銭は手に入らないのだが。「そのことなんですが、やはり薬での支払いはできませんか?」
「あ、いやさっきは悪かったな。もちろん構わないよ。貰った薬の効き目も良かったしな。とりあえずそれで1泊分にしておくよ。追加はどうする?と言ってもこの村に長居するほど見るものもないと思うけどな」宿屋の主人はあっさりと前言を撤回した。その上先に渡した薬も代金に含めてくれるという。やはりスキルの影響があったということだろう。
何にしろこれで野宿は避けられそうだ。「そうですね。道具屋と雑貨屋は今日回ったし、次はロンデールに行ってみようかと思っているのですが」
「ロンデールか。まぁ、ここから次に向かうならそこか南のハイン村のどっちかだろうな」南にも村があるのかそっちの情報も聞いておきたいな。
「とりあえず1泊で。あと良ければロンデールやハイン村のことについて教えて貰えませんか?」
「あぁ、良いぜ。ロンデールはこの辺だと大きめの町だな。近くにダンジョンの入り口があるから冒険者が結構多い。ダンジョン産のアイテムも出回るから商人ギルドもあるし商店も多いな。」ダンジョン。魔物が巣食う洞窟や遺跡のことだったか。現実味がないがやはりそういうものがあるんだな。なるべく近寄りたくないが。
商人ギルドには早めに行ってできるなら加入しておきたいな。知識によるとギルドカードは身分証にもなるようだし、横の繋がりを得られるのも重要だ。あとギルド発行の仕事を受けられたりもするんだっけ。・・・あれ?報酬って当然現金だよな?俺の場合どうなるんだろう? まぁ、そこも試してみれば分かるか。「ハイン村は大きな牧場があるのが特徴でな。ホワイトブルやフラワーシープなんかの牧畜をやってる。小さいが冒険者ギルドもあるぞ」
ホワイトブルは草食で大きめの体をしている。肉は部位ごとに触感や味が異なりどれも美味しいらしい。
メスのホワイトカウの方はミルクが取れてそちらも美味しいらしい。 フラワーシープは花のように様々な色の体毛を持つ動物で貴族のドレスなどの材料として重宝されているらしい。 肉やミルクは日持ちが厳しそうだが毛糸なら取引に使えそうだな。「ハイン村には商人ギルドはないんですか?」
「ないな。商人ギルドがあるのは基本的に取引が盛んな大きな町くらいだよ」 「なるほど。ちなみにロンデールとハインは徒歩だとどれくらい掛かるでしょうか?」 「そうだな・・・ハインは朝から出れば夕方くらいには着く。ロンデールは2日くらいかかるな。」ロンデールは2日か。徒歩で行けるなら近い方か。野宿自体は慣れているが、何が襲ってくるか分からないのが不安だな。
ハインは思ったより近いが、まずはやはり商人ギルドに行ってみたい。 行くとしてもロンデールの後かな。「っと、そろそろ夜になるが夕食はどうする?ちょうどさっき話したホワイトブルのシチューがあるぞ」
「おぉ、それは是非!」 と、情報料も含めて少し色を付けた量の薬をまた選んで貰い支払いを済ませる。 「あいよ。部屋は2階の手前の部屋を使ってくれ」 「分かりました」少しして主人がパンとシチューを持ってきてくれた。
パンは少し硬かったがシチューに浸すとちょうど良いくらいになる。シチューも肉がしっかり入っていてボリュームも味も満足できるものだった。 確かに美味い。他の部位もどんな味なのか気になるな。 食事を終えて、2階に上がる。 部屋は広くはなく小さめのテーブルとイス、後はベッドが置いてあるくらいだった。とはいえ今日はもう寝るくらいなので問題はない。 濡れタオルで軽く体だけ拭いて早めに休むことにした。(スキル説明を見た時はどうなることかと思ったけど、レベルも1つ上がってなんとかやっていけそうにはなったな。
そういえば敵と戦ったりしてないのに上がったということは、このスキルは取引の量や回数で上がる認識で良いのだろうか。雑貨屋での取引直後に上がったからこの認識であっているとは思うが。 好感度は・・・よく分からないな。そもそも店を構えている商人でもないと大抵は一期一会の相手だし、よほどのことがなければ好感度を上げるのは難しいだろう。まぁ、取引自体はできているし今は気にしなくていいか)そんなことをぼんやり考えている内にその日はいつの間にか眠りについていた。
次の日、朝起きて出発の準備をしていると、窓の外から少し賑やかな声が聞こえた。見ると馬車を引いた一団が来ているようだ。 周りの人間は装いからすると護衛だろうか。もしロンデールに戻るのであれば護衛をお願いできるかもしれない。 そう思い立つと早速交渉に行くことにした。 1階に降りるとちょうどその一団が食堂に入ってくるところだった。「すみません。いつものを3人分お願いできますか」
「あいよ」朝食を取りに来たようだ。ちょうどいいな。相席をお願いしてみるか。
「おはよう。悪いが、俺にも同じものを頼めますか」
「あぁ、おはよう。同じのでいいんだな。分かった」そういうと宿屋の主人は戻っていった。
「おはようございます。良ければ相席よろしいでしょうか?」
「おはようございます。この宿にお客さんとは珍しいですな。構いませんよ。食事は多い方が楽しいですからな」 「良かった。ありがとうございます。俺は旅商人をしているアキツグと申します。もしかしてそちらも?」この世界では貴族以外は家名を持たないようなので姓は伏せることにした。
「えぇ、商人のハロルドです。私はロンデールに店を構えているので旅商人ではありませんが。こちらの二人は私が護衛をお願いしているミルドさんとエリネアさんです」
「ミルドです。よろしく」 「エリネアです」ロンデールの商人か。歳は20代後半くらいだろうか、少し気が弱そうだが、物腰が柔らかい。もしかして例の木彫り細工を仕入れに来ている人だろうか?
ミルドさんは20代前半くらいかな?身軽そうな旅装束だ。背中の両側に剣の柄の様なものが見える。双剣使いかもしれない。 エリネアさんの方は……フードを被っていて表情が読みづらいが、こちらも20代前半くらいだろうか、弓を背負っていて、腰には短剣を装備している。 護衛の二人には少し警戒されているようだ。まぁ、突然他人が相席を頼んだりすれば無理もないか。「おぉ、その若さでもう自分の店をお持ちとは素晴らしい。今回はどちらまで行かれる予定なんですか?」
「いえいえ偶々良い商いができただけの若輩者ですよ。目的地はここです。実は雑貨屋さんで扱っている木彫り細工が見事でしてね。定期的に買い付けにきているのですよ」 「あぁ、そうでしたか。確かにあれは見事なものでした。雑貨屋の店主に聞いたのですが、家具のミニチュアをよく買われているとか」 「えぇ、ご贔屓にして頂いている貴族様が気に入られてましてな。最初はそれ以外も含め専属契約を結べないか交渉してみたのですが、趣味でやっているものだしあまり目立ちたくないと断られてしまいましてな」ハロルドさんは苦笑いをしながらそう答えた。
なるほど。必要なものだけ購入しているのも店主の機嫌を損ねないためか。こちらとしては助かったな。「そうでしたか。分かりますよ、あれだけのものですから販路さえ開拓できれば売れるのは間違いないでしょうね」
「いやぁ、本当に。とはいえ無理強いもできませんからね。ああいうものは作り手の感性が大切ですから。強制して質が落ちては元も子もないですし」 「確かに。ところで、買い付けが終わったらそのままロンデールに戻られるのですか?」話が盛り上がってきたところでそろそろ本題を切り出すことにした。
「えぇ、町で仕入れた薬や日用品も雑貨屋さんに卸してましてな。その取引が終われば戻る予定です」
「なるほど。実は俺もこれからロンデールに向かおうとしていたところで、もし良ければご一緒させて貰うことはできないでしょうか? もちろんタダでとは言いません。」そう言って、ハロルドさんには宝石類を護衛の二人には傷薬や治療薬などを提示する。
「契約してない同行者が増えるのは護衛の方にとっても負担でしょうし、ご希望の品があればそれを対価にお願いしたい」
「ふぅむ、そうですな。私は構いませんが、ミルドさんどうですか?」 「・・・ハロルドさんが許可するのであれば問題ありません。敵意があるようには見えませんし。エリネアも構わないな?」 「えぇ」よし、交渉成立のようだ。ロンデールの商人と繋がりが持てたのもありがたい。道すがら町のことや商人ギルドについても聞いてみよう。
「ありがとうございます。では、俺も部屋に戻って準備をしてきます。村の入り口で合流で良いでしょうか?」
「えぇ、そうしましょう。それではまた後程」そうして一旦別れて部屋に戻る。
(護衛の二人はほとんど話さなかったな。ミルドさんとエリネアさんって言ったっけ。できれば二人とも仲良くなっておきたいが、まだどんな人物かよく分からないしな)
そう考えながら荷物を纏め終えると、宿の主人に礼を告げて合流場所の村の入り口に向かうことにした。
村の入り口に着くとエリネアさんが一人で待っていた。(う~ん。口数も少ないし3人の中で一番話し掛け辛いんだよな。)とはいえ無視するわけにもいかない。 「お待たせしてすみません。他のお二人は?」 「・・・いえ、二人はまだ支度中です。もうそろそろ来ると思います」 「そうでしたか。そういえばミルドさんとエリネアさんはチームで活動されてるんですか?」 「・・・えぇ」一応答えてはくれるが、目はそらされているし避けられている気がする。呼び方などからそうかなと思ったが、やはり二人はチームで活動しているようだ。 そして会話が途切れる。(エリネアさんも話し掛けられたくないみたいだしおとなしく待つか)少しするとハロルドさんとミルドさんが戻ってきた。「いや~すみません。ついいつもの調子で話していたら遅くなってしまいました」 「いえいえ、お気になさらず」そうして、4人でロンデールに向けて出発したのだった。 出発してしばらくは平和そのもので特に何かに出会うこともなく順調に進んでいた。「リブネントに来るときもこの街道を通られたんですよね?危険な動物に遭遇したりはしましたか?」 「いえ、この辺では滅多に会うことはありませんよ。森の奥に行けば話は別でしょうが、街道にでて何かすれば狩られることは向こうも理解しているんでしょうね」 「そうですか。安心しました」 「ははっ。仮に出てきてもミルドさんとエリネアさんなら問題なく対処してくれます。お二人とも優秀な冒険者ですから」 「あまり煽てないでくれ。俺たちはまだCランクだ。」 「いえいえ、その歳でCランクは十分優秀ですよ。本来ならこんな危険の少ない街道の護衛を依頼するべきではないのでしょうが・・・」 「前にも言ったが気にしないでくれ。あなたは命の恩人だ。護衛料も十分な額を貰えているし問題はない」 「と、こんな感じでしてね。私としても信頼のおける人間に護衛して貰いたいというのもあってついつい甘えてしまっているんですよ」なるほど。これまでのやり取りでこの3人には何か連帯感の様なものを感じていたが、そういう理由があったのか。 ミルドさんが言ったCランクというのは冒険者ギルドのランクのことだろう。A~FランクまでありAが一番高いらしい。Cランクということは中堅の上の方くらいになるのだろうか。「命の恩人ですか。ちなみ
夜の番はミルドさんとエリネアさんが交代で行ってくれることになった。 自分もそのくらいは手伝いたいと提案はしてみたのだが、一晩くらいなら問題ないので休んでおいてくれとやんわり断られてしまった。 まぁ、二人からすれば急に増えた人間に任せられないというのは当然かもしれない。ハロルドさんは馬車の中で休むようだ。 俺も焚火の側に厚手の敷物を敷いて寝ることにした。 ミルドさんからテントを使っても良いと言われたがさすがにそこまで甘えるわけにはいかない。幸いにも夜でも寒いというほどにはならなかったので、寝るのに支障はなかった。 次の日、物音で目が覚めるとミルドさんがテントを片付けようとしているところだった。「おはようございます」 「あぁ、起きたか。おはよう。朝食を食べたら早々に出発しよう」 「分かりました」見るとハロルドさんも起きていて朝食と思われるパンと飲み物をもってきていた。 そして各自朝食を取るとロンデールに向けて出発する。 道中時間もあったので商業ギルドのことをハロルドさんに聞いてみることにした。「そういえば、ロンデールには商業ギルドがあると聞いたのですが、ハロルドさんは所属されているんですよね?」 「えぇ、もちろん。ギルドの所属有無の差は大きいですからね。年会費は必要ですが、ギルド所属であれば入国、入町税の軽減やギルドで扱っている商品の融通など色々な恩恵がありますからね。まぁ、私の場合は他国まで仕入れに行くことはあまりありませんが」 「実は俺はまだ所属していないのですが、所属する際にはどのような手続きが必要なのでしょうか?」 「そうだったんですか。なに、難しいことはありませんよ。登録情報の記載と登録金を支払うだけです。年会費についても各町にあるギルドであればどこでも支払いが可能ですし」ふむ。思ったより手続きは簡単なようだ。だが、まったく審査がないのは大丈夫なのだろうか?「なるほど。ですが、それだと恩恵目当てに商人以外の人が登録したりもするんじゃないですか?」 「そうですね。ですので、年会費を払う際に実績の確認があるんです。商人ギルドからの依頼やギルドを介した取引など一定の実績がなかった場合は権利を剝奪されて、何らかの理由がないと再登録はできなくなります。 またそういう情報は他のギルドにも連携されるので本人の立場が厳しいものになります
ギルドを出て、さっそく教えて貰った宿屋に向かう。「いらっしゃいませ」中に入るとすぐにカウンターから女性の声が聞こえてきた。声の方に顔を向けると、そこには20代半ばほどの女性がいた。「お食事でしょうか?それともご宿泊ですか?」 「宿泊でお願いします。とりあえず1週間分お願いできますか?」 「畏まりました。食事付きで1泊40リムとなりますがよろしいでしょうか?」リブネントより10リムほど高いが、町と村の差を考えればむしろ安い方だろう。1週間としたのは情報収集と、できれば大きい町で例の木彫り細工の売り先の当てを付けておきたかったからなのだが、この額なら問題なさそうだ。そう考えて宿屋の女性という点から必要としていそうなものを提示する。「あぁ、この辺の商品を対価に取引したいのだがどうだろうか?」 「そうですね。ではこれらを対価として頂きますね」交渉も問題なく済み部屋へと案内される。「こちらになります。何かご不明な点がありましたらいつでもお呼びください」 「ありがとうございます」女性が部屋から出て行った後、俺は部屋の中を改めて確認した。 部屋の広さは6畳ほどで、ベッドと机が置いてあるだけのシンプルな内装だった。しかし、掃除は行き届いており清潔感があった。 そして何より、2階にも関わらず窓からは街が一望できる見事な景観だった。街の東側には賑やかな商業区が広がっており、反対の西側には高級そうな建物が多く見える。恐らくは貴族街なのだろう。(・・・そういえば、ハロルドさんに他に細工物が好きな貴族が居ないか聞いてみるべきだったな。)知っていれば既にハロルドさん自身が交渉しているだろうと思って考えから除外していたが、よく考えたら雑貨屋の店主の制限で当てがあっても手を広げられなかった可能性もある。明日会えるようなら聞いてみるか。 あとは、この町の市場や商店を回って商品の仕入れ先を見つけること。そして、できれば他の商人と仲良くなって情報交換をすることか。 まぁ、本格的に動くのは明日にして今日は食事をとって早めに休もう。 そう思い部屋を出て1階
商業区では様々な人達で賑わっていた。 店の前で客引きをしている店員もいれば、露天を開いている一帯もある。そこへ市民や旅人と思われる人など客もそれぞれに興味を持つところへ向かっている。 客が少ない時は露天の店主同士での雑談も見られる。普段から付き合いのある知人なのかもしれないが、話し掛けるきっかけとしては使えるかもしれない。 そう考えて、比較的空いてそうな露天の店主に話しかけた。「すみません。少し良いですか?」 「ん?なんだ。お客さんかい?」 「いえ。私は旅の商人なのですが、こちらで露店を開くにはどこかの許可など必要なのでしょうか?」 「あぁ、そういうことか。許可とかは必要ねえよ。この辺は自由に商売することが許されていてな、違法な場所取りや押し売りみたいなことをしない限りは捕まったりすることはねぇ」 「なるほど。そうなんですね。実は昨日この街へ来たばかりで、良ければお隣で色々聞かせて頂いてもよろしいですか?」 「あ~まぁ、客が居ない時は構わねぇよ。うちはそんなに客も来ねぇしな」店主は多少ばつが悪そうにそう答えた。 改めて見てみると、売り物は茶碗や壺など様々な陶器を扱っているようだ。 隣で適当に露店の準備をしながら聞いてみる。「扱っているのは陶器のようですが、もしかしてご自身で作られているんですか?」 「あぁ、元は趣味みたいなもんだがな。せっかく作っても一人で使いきれるもんじゃねぇし、ここで適当に売ってるんだ」 「それはすごいですね。しっかりした品の様に見えるんですが、陶芸歴は結構長いんですか?」 「そうだなぁ、もう12年程度になるか。祖父が陶芸家でな。小さい頃から教えられてたんだが、亡くなった時にその工房を引き継いでな。それからはこうやって日用品をちょくちょく作ってるってわけだ。」なるほど。元が趣味という割にしっかりして見えたのは祖父の影響と経験によるものだろうか。芸術的なものではないが一般家庭で使うには申し分ない品物だと思う。とはいえ、割れ物である陶器は私には扱いづらいな。。「なるほど。道理で本格的な物だと思いました。良ければ私に合いそうな茶碗などないでしょうか。できれば旅使いできそうな耐久性があるものだとありがたいのですが」 「旅使いか~ならこの辺のは割れにくい作りにしているからおすすめだぜ」
昨日と同じように宿で朝食を済ませてから、商業区で露店を広げる。 念のため物々交換の看板は少し見えにくい位置に移動させた。 お客さんも見落とす可能性はあるが、そこは適宜伝えればいいだけだ。 昨日の店主は見た感じ今日は来ていない様だった。 スキルの効果も問題ないようで、露店を開くと今日もお客さんが次々と訪れる。 ただ、こうなると物々交換という制約上荷物が段々と増えていく。 なるべく小さくて価値の高いもので交換して貰ってはいるが、早めに上位の道具袋を手に入れるか馬車の購入を検討したほうが良いかもしれない。そんなことを考えながら取引をしているうちに時間も夕暮れ時になってきた。 俺は昨日と同じように店じまいをして宿への帰路に着く。 すると、昨日とは別の曲がり角で、昨日の少年が飛び出してきた。 注意しながら歩いていたことで咄嗟に反応できた俺は避け様に彼の腕を掴んだ。「やっぱり君か。2日連続となると偶然じゃないよな?」 「ちっ!知らねえよ。さっさと放せ!」 「そうはいかない。懐中時計はどうした?返さないというなら、衛兵に突き出すしかないが」 「そ、それだけは止めてくれ!悪かった。そ、その時計は売ってしまってもう持ってないんだ・・・」そういうと少年は許しを請うように土下座してきた。 彼の必死さから嘘ではなさそうだと感じる。証拠もないのにしらばっくれるという選択をしなかったのは衛兵に捕まってしまうと余罪でバレてしまうのを恐れたからだろうか?「その様子だと商業区に出るスリの噂はやっぱり君か。なんでそんなことを?そこまで生活に困っているのか?」 「そ、それは・・・確かに生活は苦しいけど、街からの補助もあるし生きていけないほどじゃない。でも今は妹が病気で、薬代を稼がないといけないんだ。もし、今俺が捕まっちまったら妹が死んじまうんだよ!」なるほど。そういうことか。この様子だと恐らく両親も居ないのだろう。自分以外には妹を助けられないから仕方なくだとは思うが、かといってこのまま盗みをさせるのも良くないだろう。「その妹さん、何の病気なんだ?」 「詳しくは分かんない。スラムの子供なんて医者は嫌がって診てくれないから。咳が酷くて体が弱ってるみたいだから、咳止めと栄養がありそうなものを食べさせてるんだけど・・・」やっぱりこれだけ
朝起きると今日も窓の外からリリアさんの歌声が聞こえてきた。 窓から覗いてみるとやはり洗濯物を干しているようだ。 邪魔しない様にその歌声を聞きながら朝の支度をする。 今日はなんだかんだで行けていなかったハロルドさんのお店に行ってみるか。街に着いたときに教えて貰った店の場所を思い出しながらハロルドさんの店を探していると、とある店の前でちょうどハロルドさんが誰かと話しているのが見えた。 何だか真剣に話しているようなので邪魔をしては悪いかと思い、先に店の中でも見せて貰おうかと思ったのだが、近くを通りがかった時にハロルドさんの方から声を掛けられる。「おぉ、アキツグさん。いらしてくださったんですね」 「あ、えぇ、せっかくなのでお店を見せて頂こうかと。取り込み中の様でしたので、後程ご挨拶させて頂こうかと思っていたのですが」 「そうでしたか。いえいえ、お気になさらず。ちょうど話は終わったので。良ければ中で少しお話でもどうですか?」 「そのつもりでお伺いしましたので、ハロルドさんが良いのであれば」 「良かった。ではこちらに」そう言ってハロルドさんの案内で店の中に入っていき、応接室と思われる部屋に通される。何だか道中人の目を気にしていたように見えたのが少し気になるが、何かあったのだろうか?「さて、良くお越しくださいました。と言いたいところなのですが、実はアキツグさんにお願いしたいことがありまして。急な話で誠に申し訳ないのですが聞いていただけますか?」 「お願いですか?ハロルドさんにはお世話になりましたので、できることならお手伝いしますが、どのような内容でしょう?」 「ありがとうございます。お願いしたいことは単純で、サムール村までとある物資を届けて欲しいんですよ」 「物資の運送ってことですか。確かに私でもできそうな内容ですが、他の方には頼めない理由があるのですか?」 「えぇ。ですが、ここからの話はかなりリスクのある内容を含みます。もし、それを承知できないということであればここで断わって下さい」そこまで言うとハロルドさんは真剣な目でこちらを見つめてきた。 本当に急な話で混乱しかけていたが、向けられたその視線からそれだけ切羽詰まった状況だということが読み取れた。「そのリスクというのは命の危険なども含まれるのですか?」 「場
次の日、荷物を準備して1階に降り朝食を用意してくれているリリアさんに今日街を出ることを告げる。「リリアさん、おはようございます」 「アキツグさん、おはようございます」 「急で申し訳ないのですが、仕事の関係で今日街を出ることになりました。短い間ですがお世話になりました」 「えぇ!?今日ですか?それはまた急な話ですが、仕事なら仕方ないですね。では、残りの宿代をお返ししますね。少々お待ちください」 「いや、それはチップとして取っておいてください。宿のサービスも良かったですし、リリアさんの歌にはそれ以上の価値がありましたから」 「まぁ!ほんとにお上手ですね。それではありがたく頂戴いたしますね」 「えぇ、なので最後の朝食にも期待してます」 「あらあら、それじゃ腕によりをかけて作らないと」そうして特製の美味しい食事を頂いた俺はリリアさんに別れを告げて、冒険者ギルドに向かった。 冒険者ギルドに入ると昨日言われた通り受付で名前を告げ、お勧めの冒険者を紹介して貰う。「俺の名はクロヴだ。よろしく頼む」 「旅商人のアキツグです。よろしくお願いします」クロヴさんは24歳ぐらいで長めの黒髪を後ろで縛っている。 体格は中肉中背で、身長が170センチぐらいある俺より頭1つ分大きい。 一人だけというのが少し意外だったが、ハロルドさんには何か考えがあるのだろうと思い一先ず気にしないことにした。 簡単な自己紹介を終えて、今後の予定についても伝える。 クロヴさんも問題ないという話だったので、さっそく街の入り口近くにある馬車の待機場に向かうことにした。 待機場に着くと昨日見せて貰った馬車が確かに停まっている。荷台には荷物も積み込み済みのようだ。 馬車を受け取り予定通りサムール村へ出発する。街から出る際に検問もあったが特に疑われることもなくすんなり通ることができた。 しばらくは街道をまっすぐ進むだけで危険もなさそうなので、クロヴさんに話を振ってみた。「クロヴさんは冒険者になってどのくらいなんですか?」 「7年ほどだな。とい
次の日も特に問題など起きることもなくサムール村へ向けて順調に、旅路を進んでいた。 お昼頃になって、そろそろ昼食を取ろうと馬車を止めると、近くから動物の鳴き声の様なものが聞こえてきた。 念のためとクロヴさんが様子を見に行き、しばらくすると猫の様なものを抱えて戻ってきた。「ハイドキャットだな。隠密性に優れていて見る機会なんてほとんどないんだが、どうやら怪我をしているらしい」見てみると確かに後ろ足に切り傷の様なものができている。他にも細かな擦り傷があるところを見ると何かから逃げてきたのかもしれない。 こちらが診ている間もハイドキャットは逃げる様子もなく、大人しくこちらの様子を伺っていた。 危険もなさそうなので、傷薬を取り出して手当を行う。傷口に触れた時には少し痛そうにしたものの暴れることもなく無事に手当を終えることができた。 するとハイドキャットは感謝するかのように「ニャァ」と鳴いた。 そしてその声に反応するかのようにスキルレベルが上がったことが分かる。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv4 (解放条件:特定条件下で相手が提供に同意する) 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。 自分の持ち物と各種サービスを交換してもらうことができる。 手持ちの商品を望む人に出会える。 条件を満たした相手と知識を交換できる。ただし相手からその知識は失われない。 ※相手が同意したもののみが対象となる。交換レートはスキルレベルと相手の需要と好感度により変動する。 スキル効果により金銭での取引、交換はできない。--------------------------------知識の交換?情報を提供して貰えるとかそういうことだろうか?確かに商品の流通状況とか危険な地域の情報とかを知ることができれば便利かもしれない。にしてもこの解放条件の特定条件下ってなんだ?さらに相手が提供に同意するって、どうやって同意して貰うんだ?スキルのことを話せと?条件っていうのも書かれ
ギルドへの報告を終えて、シディルさんの屋敷へと戻ってくると1階には誰の姿もなかった。クレアさんはまだ学園なのだろう。シディルさんとロシェはまだ地下の研究室にいるようだ。「二人はまだ地下にいるみたいだ。疲れたしちょっと休憩にしようか」 「そうしましょう。私、お茶を入れてきますね」そう言ってカサネさんがキッチンの方に入っていったあと、入れ替わりで地下室からロシェが出てきた。『おかえりなさい。どうやら無事みたいね。なんだかあなたの気配が陰った気がして少し心配だったのよ。距離が離れていたせいではっきりとは分からなかったのだけれど。カサネはキッチンかしら?』俺が戻ってきたのに気づいて上がってきてくれたらしい。「あぁ、ただいま。ちょっと予想外の魔物に出くわしてしまってな。何とか倒せたけど大変だったよ。カサネさんはお茶を入れに行ってる」 「あ、ロシェさん。ただいま戻りました。ロシェさんの分もお茶入れますね」 『ありがとう。あなたは変わりなさそうね』 「あ、アキツグさんから聞いたんですか?そんなことないですよぉ。すごく大変だったんですから」改めて考えると魔法を使っていたとはいえ、カサネさんはあいつの猛攻をずっと一人で捌き続けていたのだ。流石Bランク、とんでもない実力者だよな。『あら、あなたがそんな愚痴を零すなんて本当に苦労したみたいね。アキツグ、あなたは戦いに慣れてないんだからあまり無茶はしないようにね』 「うぐっ。わ、分かってるよ。とはいえ守られるばかりっていうのもカッコ悪いからな。俺も少しは強くならないと」 『へぇ。珍しいわね、あなたがそんなこと言うの。でも、良いんじゃない?無理しない程度に頑張りなさい』 「あぁ。自分の力の無さは今日痛感したからな。無茶はしないさ」そんなことを話していると、地下室からシディルさんも戻ってきた。「おぉ、お主ら戻っておったのか。急にその子が上に戻りたがる様子を見せたから扉を開けてやったのじゃが、何かあったのかの?」 「えぇ。まぁ。魔道具のテストも兼ねて近くの森まで魔物討伐のクエストに行ってきたんですが、そこでシャドウウルス
「お、終わった・・・よな?」 「えぇ、何とか倒せましたね」 「あ~終わったぁ。上手くいって良かった。死ぬかと思った」 「確かに。あそこまで強いとは思っていませんでした。以前に一度シャドウウルスと戦ったことがあったのですが、あれとは別物の強さでしたよ」 「カサネさん、本当にごめん。あんな奴の相手をほとんど一人で任せてしまって」 「いえいえ、謝らないでください。引き受けたのは私ですから。それに最終的にはアキツグさんの機転のおかげで倒せたんですから」 「いやでも、ずっと危険な役回りを任せっぱなしっていうのは・・・」 「これでもこの世界の冒険者としては先輩ですからね。まぁ今回は少し焦りましたけど、、それでも気になるようであれば強くなって今度は守って下さいね?」そういうとカサネさんは戦う前と同じように悪戯っぽい笑みを浮かべた。 強くなる・・・か。今まではあまり戦うことなんて考えてなかったけど、仲間を守りたいのであれば守れるだけの力は必要だよな。いや、俺の場合はまず自分の身を守れるようにするところからか。 幸いにもそのためのスキルも、道具も俺は手に入れることができている。あとは使いこなせるように努力して経験を積んでいかないとだな。「そうだな。いずれは俺が守れるように頑張ってみるよ」俺の言葉にカサネさんは一瞬きょとんとしたような表情を見せた後、「期待してますね」といってまた楽しそうな笑顔を浮かべた。 思わぬ乱入者が現れたが、魔道具のテストと魔物の討伐依頼は問題なく終わらせることができた。 後は冒険者ギルドに戻ってシャドウウルスの件も含めて報告すれば完了だな。 そう考えて倒したシャドウウルスの死骸をマジックバッグに仕舞おうとしたところであることに気づいた。「カサネさん、これ」 「傷跡・・・ですね。何かの獣に噛まれた跡のようですが、そんなに古いものではなさそうです」それはシャドウウルスの背中にかなり深い傷跡を残していた。「もしかするとその何かから逃げてきたのかもしれませんね。ということは・・・」 「こいつよりもさらに強い何かがこの近くにいるかもし
「いっっ!い、今のは?」 「あれは・・・シャドウウルス!?ここには危険な魔物は居ないはずじゃ?」振り向いた先に居たのは真っ黒な熊の様な魔物だった。左右の手には鋭い刃のような鉤爪が付いている。先ほどはあれで攻撃されたのだろう。ハクシンさんから貰っていた斬撃耐性がなかったらもっと深手を負っていたかもしれない。「アキツグさん、大丈夫ですか?」 「あぁ、傷はそこまでじゃなさそうだ。戦うのに支障はない」 「分かりました。私があいつの気を引きますからアキツグさんはサポートをお願いします。シャドウウルスは陰に潜む能力がありますから、気を付けて下さい」 「気を引くって、そっちこそ大丈夫なのか?さっきまでだって結構な数を倒してたのに」 「私これでもBランク冒険者ですよ?これくらいの危険は慣れてますから」カサネさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべてそう言うと、俺から離れてシャドウウルスに魔法を放ち始めた。シャドウウルスもカサネさんの方を脅威と判断したのだろう。俺からカサネさんの方に視線を移した。 森の中であるため火属性の魔法は使えない。カサネさんは氷や風の魔法をメインに攻撃しているが、シャドウウルスは体格に似合わない素早い動きで魔法を躱し、勢いのままにその鋭い鉤爪を振り下ろしてきた。 しかし、カサネさんもその動きは予想していたのか目の前に土の壁を生み出し、自身は横に飛びながらさらにシャドウウルスの側面に向けて氷の槍を撃ち出した。 シャドウウルスは片手を土の壁に埋めており素早い回避は不可能な状態だ。当たるかと思われた氷の槍は、しかしその背後の木に突き刺さった。 シャドウウルスが木の影に潜り氷の槍を躱したのである。本能的なものかもしれないが判断力も高いらしい。 その後、俺も隙を見て魔銃で援護をしようと試みてはいたのだが、まだ扱いに不慣れなのを差し引いてもシャドウウルスの素早さと影潜りの能力の高さにその悉くが躱されていた。 カサネさんもそんなシャドウウルスを相手に魔法を巧みに操って攻防を繰り広げているのだが、流石に身体能力の面ではシャドウウルスが有利な上に俺達は先ほどまでも別の魔物を倒していて疲労が残っている。少しずつだが押され始めていた
シディルさんの依頼を受けたことで、数日はマグザの街に留まることになった。 宿に関してはシディルさんの屋敷を使わせて貰えることになったため、エフェリスさん達に礼を告げて場所を移していた。 エフェリスさんは「気にしなくて良いのに」などと言ってくれていたが、流石に理由もなくお世話になり続けるのも悪いし、なるべくロシェの近くに居たほうが良いだろうという判断でもある。ちなみにミルドさんとエリネアさんは片付けが終わったらまたロンデールに戻るらしい。 とはいえ、四六時中側についていても仕方ないし何より俺もカサネさんも特殊なスキル持ちだ。シディルさんの研究室がどんなものかは分からないが、俺達が中に入ることでそれに感付かれるとまた話がややこしくなる気がしたので、ロシェとは別行動をとることになった。 ・・・カサネさんは調査に興味があるみたいで少々残念そうにしていたが。 そして俺達は今、街外れにある森に来ていた。 冒険者ギルドに森の魔物の討伐依頼が出ていたので、とある魔道具のお試しも兼ねて受けてきたのだ。このあたりには強い魔物は出ないのだが、最近森の魔物が増えてきているらしく、定期的に冒険者に依頼を出しているらしい。 とある魔道具というのはロシェの調査依頼の報酬として受け取ったシディルさん特製の魔道具である。俺達からすると何もしていないのに報酬だけ受け取っている感じなので申し訳なさはあるのだが、当のロシェ自身に『気にせず行ってきなさい』と言われてしまっていた。 森の奥に進んでいくと確かに怪しい気配が増えてきた。魔物同士が争っているような音も時折聞こえてくる。「この辺で良さそうですね。あまり奥に行って囲まれたりしても困りますし」 「そうだな。俺はここでもちょっと怖いくらいだけど」 「ふふっ、すぐに慣れますよ。アキツグさんの魔法の腕も上がってきてますから」 「そう願いたいな。戦わずに済むならそのほうが良いんだけど」そう話しつつも、俺は早速魔道具を近づいてきた魔物に向けて狙いを定めた。気を落ち着けて慎重に引き金を引くと、魔道具から雷の弾丸が撃ち出された。 弾丸は撃ち出された勢いのままに魔物の胴体を貫通し、その魔物は
そこまでする必要はなかったかもしれないが、何となく屋敷の中だとシディルさんに聞かれてしまうのではないかと思ったのだ。 それにしても調査依頼か、ロンディさんの時を思い出すなぁ。理由が魔道具の発展のためだったり、こちらが弱みを握られてるっていうところも同じだし。違いは対象が俺じゃなくてロシェってところだけど。「さて、どうしようか。シディルさんも話した感じ友好的だし、断ってもロシェのことを言いふらしたりするような人ではなさそうだけど。調べられた結果ロシェ達に不利益な情報が広まる可能性もあるよな?」 『無いとは言い切れないでしょうね。私達を見つけるようなものが作れたりするのかもしれないし』 「そうだよなぁ。姿を消せる原理を知ろうとしているわけだし、それを応用すればそういうこともできそうだよな」 「そうですね。当然リスクはあると思います。ただ分からないところはこちらで悩んでも仕方ないですし、聞いてみれば良いのではないですか?」 「・・・そうだな。もう少し色々聞いてみてそれでも危険だと思ったら悪いけど断わろうか」結論が出たところで屋敷に戻り、シディルさんに先ほど話していたリスクについて聞いてみることにした。「ふむ。ハイドキャットという種の優位性へのリスクのぅ。ハイドキャットの仲間がいるお主達からすれば当然の懸念じゃな。では、調査結果やその後の研究の成果は世間には公表しないということでどうじゃ?わしが個人的に研究する資料とするだけであれば、ハイドキャットたちに危険が及ぶこともなかろう」 「えっ?それでいいんですか?魔道具の発展のための研究なのでは?」 「もちろんできるのであればそうしたいところじゃが、それではお主達は納得せんじゃろう?それに一番の目的はわしの探求心を満たすためじゃからの。わしは今でこそ学園長なぞやっておるが、もともとは魔道具の研究者での。若い頃に解明できなかった姿隠の原理が未だに心残りで、今でも趣味で細々と研究を続けておったのじゃ。じゃからそれでお主達が納得してくれるのなら安いものよ」シディルさんは昔を懐かしむように自分の過去の話をしてくれた。 隣で聞いていたクレアさんは驚いたような納得したような表情をしている。
魔法学園の学園長というだけありシディルさんの屋敷はかなり大きかった。「さて、話というのは先ほども言った通りそのハイドキャットのことなのじゃが・・・失礼な問いになるかもしれんが率直に聞こう。アキツグ君、その子をわしに譲る気はないかね?もちろん相応の対価を支払うつもりじゃ。わしなら大抵のものは用意できるぞ?」いきなりか。確かにハイドキャットが希少だというのは聞いているから、その可能性は考えていた。変に回りくどいことをされるよりは対応しやすい。 俺はちらっとロシェの方に視線を送る。すると『まさか応じるつもりじゃないでしょうね?』という怒気の篭った視線が返ってきた。いや、念のためにロシェの意思を確認しようと思っただけなんだが、意図を汲み取っては貰えなかったようだ。「申し訳ありませんが、ロシェは大切な仲間なので」 「そうか、残念じゃな。では代わりと言ってはなんじゃが、うちの孫と交換というのはどう<バシッ!>いたた、じょ、冗談じゃよクレア」 「笑えません!」シディルさんの発言に割と食い気味でクレアさんが突っ込みを入れていた。 確かに酷いことを言っていたが、クレアさんの突っ込みも割と容赦ないな。これは恐らくだが今回だけでなく普段からこういうやり取りをしていそうな気がする。「やれやれ、冗談はさておいてじゃな、そのハイドキャットの子を調べさせて欲しいのじゃよ。もちろん危害を加えるようなことはせんと約束しよう。わしの研究室で映像記録や魔力波を通しての生体情報の採取などをさせて欲しいのじゃ」 「なぜわざわざ俺達に?シディルさんなら俺達に頼らずともそれこそ他から連れて来て貰うこともできるのでは?」 「ふむ。お主はその子の価値を見誤っておるようじゃの。現在、わしの知る限りで世界にハイドキャットを人が使役している例は2人だけじゃ。もちろんその2人にも交渉は試みたのじゃが、断られてしまったのじゃ」世界中でたった二人!?確かに珍しいとは聞いていたが、そんなレベルとは完全に予想外だった。あの時クロヴさんは怪我したロシェを割と平然とした顔で連れて来ていたし、従魔登録を担当したギルド職員さんも驚いてはいたが平然を装って仕事はしていたので、普通に
「初めましてじゃな。私はこの学園の学園長をしておるシディルじゃ。孫が世話になったようじゃの」今日は割り込みの多い日だなと思いつつ、俺達も三度目の自己紹介をする。「それで俺達に聞きたいことというのは?」 「うむ。お主達もここでは都合が悪かろうと思ってうちに誘ったのじゃ。聞きたいことというのはその子のことじゃよ」そう言ってシディルは何もない空間を指さした。いや、正確にはロシェが居る辺りを指さしている。 この人もロシェに気づいている?と思ったところでロシェの気配が右の方に移動したのが分かった。すると、シディルさんの指もそれを追うように動いていく。 やはり気づいている。ロシェも確認のために動いてくれたのだろう。 そうなると、話というのは何だろう?学園内にロシェを入れたのがまずいということはないと思う。他にも従魔を連れた客は居たのだ。姿を消していたことの注意とかなのだろうか。まぁ強制的に連行しようとしていないので敵意があるわけではないだろう。ここは素直に従ったほうが良いか。「分かりました。ご迷惑でなければお邪魔させて下さい」 「うむ。誤解なきように言うておくが、お主らを咎めたりするつもりはないのじゃ。単にわしの興味本心から招待しただけじゃから、そんなに警戒せんでくれ」・・・それならそうと最初に言って欲しかった。いや、まだ完全に信じて良いのかは判断できないけども。「ねぇ。その子って何のことなの?」 「わ、私も気になります!」と、そこでクレアとスフィリムの二人が何の話か分からないと質問してきた。 周りを見回してみると大会が終わったことで人もまばらになっている。 これならそんなに騒ぎになることもないか?「実は姿隠で隠れている従魔が居るんだ。今見せるから騒がないでくれよ。ロシェ姿を見せてくれるか」 『なんだか自信が無くなってくるわね。今まで例の獣以外には見つかったことなかったのに』そうぼやきつつロシェが姿を現した。俺やカサネさんが壁になってなるべく他の人に見えない様にはしたが、気づいたらしい一部の人が動揺した声を上げていた。「この子
個人戦は一人でのパフォーマンスになるため、やはり複数属性を扱える学生が多かった。チーム戦ほどの派手さはなかったが、一人で複数の属性を操ってパフォーマンスを行う技量の高さはなかなか見ごたえがあった。 そうこうしているうちに例の彼女クレアの順番が回ってきた。「さぁ、最後は学園きっての天才魔導士の登場だーー!!」司会の男性がテンション高めにクレアの登場を告げる。(彼女そんなにすごい魔導士なのか・・・)呼ばれたクレアは何故か申し訳なさげにしながら登場して一礼してからパフォーマンスを開始した。 それを見た俺は彼女が天才と呼ばれたことに納得しつつも、さらに驚かされることになった。彼女は火・水・風・土・光・闇の6属性全てを使いこなしていたのだ。 火で円形のリングを作り、その周りに光と闇で影の観客席を作り、生み出した水から水のゴーレムを、地面からは土のゴーレムを作り出して、風が音声機の声を俺達の耳に届けた。 出来上がったのは影の観客たちが歓声を送る中、水と土のゴーレムがリングの中央で力比べをする舞台劇だった。「これを・・・一人で・・・?」 『確かに、これはレベルが違うわね。何故か本人は自信なさげにしているけど』カサネさんは同じ魔導士として驚嘆していた。それはそうだろう、彼女の4属性持ちでも希少だというのに、全属性を持つだけでなくこれだけ巧みに操っているのだから。 気になるのはロシェの言う通り本人の様子だった。ものすごいパフォーマンスをしているというのに当の本人は自信なさげというか申し訳なさそうにしているのだ。(もしかすると、この大会への出場は本人の意思ではなかったのかもしれないな)他の人達は殆どが舞台劇の方に目を奪われていて彼女の方は気にしていないようだ。劇は最終的に力で押された水のゴーレムが火のリングに足を踏み入れたところで足が蒸発してしまい、バランスを崩して場外負けという形で終わりを告げた。クレアが再び一礼して舞台袖に消えると、盛大な拍手が送られた。 個人戦の勝者は決まったようなものだろう。他の子達のパフォーマンスも良かったが正直レベルが違い過ぎた。
街の広場を色々見て回っていると時刻も夕方に差し掛かる頃になっていた。 幾つかの取引もできて出店を満喫したところで今日は帰ることにした。 カサネさんも魔道具や本などをいくつか購入していたようだ。ミルドさんの家に戻るとエフェリスさんが今日も美味しい食事を用意してくれていた。どうやらお店も去年より盛況だったらしく一日でほぼ売り切れたため、明日は家族で学園祭を楽しむことにしたらしい。次の日、ミルドさん達と一緒に魔法学園まで向かいミルドさん達は先に出店を回るということでそこで分かれることになった。 俺達は予定通り、魔法練習場に向かうことにした。 塔まで歩いて行くと20人程の列ができている。塔を使えるのは一度に10人程度らしい。「細長い塔ですね。これでどうやって上まで行くんでしょう?」 「なんらかの魔法なんだろうけど、俺にはさっぱりだな」 「そういえば人数制限があるみたいですけど、ロシェさんはこのまま乗れるでしょうか?」・・・た、確かに。考えてなかった。どうしよう。『考えてなかったって顔ね。気にしなくていいわ。私は先に上っておくから』そういうと、ロシェの気配が俺から離れて山の上の方へと離れていくのが分かった。自力で登っていったらしい。流石だ。「もう山の上まで行ったみたいだ。早いなぁ」 「かなりの急勾配ですのに。流石ロシェさんですね」話しているうちに俺達の順番が回ってきた。 塔の中に入ると、何もない丸い空間で床には魔法陣のようなものが描かれていた。 塔の管理をしている人が「起動しますので動かないでください」と声を掛けて、壁際に合ったパネルのようなものに触れると、一瞬視界がぶれて次の瞬間には先ほど入ってきた入り口が無くなっていた。「え?」 「到着しました。出口は反対側です」言われて反対側を見ると確かに入り口と同じ扉が開いていた。 俺達以外にも数人が驚いた様子を見せながら出口から出て行く。恐らく初見かそれ以外かの違いなのだろう。「何が起きたのか全く分かりませんでした。流石は魔